深夜の路地裏には月明かりも届かない深い闇の世界が蝕むように広がっている。
その中で一人浮いている存在がいた。
闇夜に輝く銀髪と灰色の瞳。
白鳳院・シルビア・ランフォードである。
いつもの明るい感じの装いとは違い、黒を基調とした花柄の着物を羽織っており、どことなく大人の雰囲気を醸し出している。
ただジッと空を見上げているシルビア。そこに一人の男が近づいていく。
その男はボディーガードのような背格好をしており、渋いサングラスがよく似合っている。
黒服の男「挨拶もなしとは・・・いつからそんなに偉くなったか教えてもらいたいものだな」
シルビアは相手を見ようともせずに返事を返す。
シルビア「そんなんはどうでもええんどす。それよりも例の人は見つかりはったん?」
黒服の男「あと一歩のところまで追い込んだ。捕まるのも時間の問題だろう」
男の態度が気に入らなかったのか、シルビアは目を細めながら持っていた扇子を口元に当てる。
シルビア「動作もないような口振りはやめはったら? 元を糺せば、あんたの上司さんがあれを易々と奪われたりするからあかんのでしょ」
黒服の男「あれは仕方がない」
シルビア「責任から逃げるのはよくないと思いますけど、まあええどす。うちも余計なことに時間を取りたくないどすし・・・・・・それに今日は最終宣告に来ただけどすから」
黒服の男「最終宣告だと?」
シルビア「大会までもう一月を切ってしまってます。うちも早く準備のほうを済ませんと・・・」
黒服の男「候補者を使うのか?」
シルビア「そうどす。そのためにはあれが必要なんどすから、しっかり働いてもらわんと、うちも困ってしまいます」
黒服の男「それまでには用意する」
すぐに背を向けて立ち去る黒服の男。その後姿を眺めながらシルビアは笑みを浮かべた。それにはいつもの優しさはなく、恐怖を駆り立てるような危険なものだった。
シルビア「安生頼みますえ。うちかて時間は貴重なんどすから・・・・・・ふふ」
ぐったりとうなだれるように、机に突っ伏す葉沙。かすかに荒い息遣いが聞こえる。顔色もあまりよくないようだ。
シルビア「今からでも遅くありません。保健室にいったほうがええんとちゃいます?」
葉沙に話しかけるシルビアも心配そうな声で訴える。だが、それに対しても首を縦には振らない。
葉沙は風邪を患っていた。体温計で計ってみたところ、なんと39.8度という高熱だった。しかし、葉沙はそれを両親に知らせることなく学校に登校してきたのだ。
葉沙「授業に出席した証さえあればいいの」
これ以上、話せるだけのゆとりがないらしい。それだけ言うと再び黙り込んだ。
シルビアは仕方なく自分の席に戻ろうとしたが、あることに気がついた。葉沙のほうをチラチラと観察する人物がいたのだ。
シルビアはその人物のほうに近づくと、
シルビア「葉沙のことが心配なん?」
零蘭「ちっ違うアルヨ。ワタシはただ・・・その・・・」
うつむいて黙り込む零蘭。だが、シルビアにはそれが妙にかわいく感じられた。
シルビア「葉沙と仲ええどすからなぁ。心配なんもわかります」
零蘭「だから違うアル。あんなヨボヨボの年寄りみたいな葉沙を倒しても意味がない思ただけアルヨ」
シルビア「はいはい。わかりましたから、そうムキにならんといてな」
そんなときである。教室のドアを勢いよく開ける男が一人いた。
どうやら上級生らしく、やたら背が高い。その男は無遠慮にズカズカと室内に入っていくと葉沙の目の前に立った。
クラスメイトA「あれって3年の岩桜じゃないの?」
クラスメイトB「いっつも問題ばかり起こしてるって人でしょ」
岩桜と呼ばれるこの少年は、いわゆる不良と呼ばれる部類に入る。とても気が短く、その上に誰にでもケンカをふっかける学校の危険人物だ。
岩桜「お前が琴木葉沙だな?」
廊下中に響き渡るほどの大声を出す岩桜。
もちろん、当の本人である葉沙がそれに対応するだけの体力があるはずもなく、沈黙したままだ・・・というか最初から返事をする気がないだけなのだが。
岩桜「どうなんだと聞いている!」
無視されたことに腹を立てた岩桜は、葉沙の頭を鷲掴みにして持ち上げた。
ただでさえ頭痛と吐気で参っているというのに、力一杯に頭を動かされようものなら、たまったものではない。
苦しそうな表情をしながら、頭を掴む手を振り解こうとしている。
零蘭は手を放すように訴えようと声を上げようとしたとき、シルビアがさきに動いていた。
葉沙を掴んでいる腕の肘を叩く。腕が痺れたのか、岩桜は葉沙を放して肘を押さえる。
そのまま倒れそうになった葉沙をシルビアが抱きかかえた。
シルビア「いくらなんでも横暴すぎません?」
岩桜「知らんな」
短く言い放つ岩桜。零蘭もこれには腹が立ったのか、ケンカごしで、
零蘭「病気の女の子イジメて、なにが楽しいカ? ヘタレにもほどがアルネ」
岩桜「なんだと?」
ガンを飛ばす岩桜の迫力にビックリした零蘭は素早くシルビアの後ろに隠れる。
岩桜「まあいい。だが、これだけの騒ぎだというのに一言も返せんとはな・・・臆したか」
シルビア「それは違いますえ。今日の葉沙は調子が悪いんどす」
岩桜「俺には関係ない」
そう言って葉沙を再び掴もうとする。しかし、シルビアがそれを遮るように立ちふさがる。
シルビア「後日にしてもらえませんか?」
岩桜「無理な相談だな」
シルビア「せやったら、うちがお相手しましょうか?」
岩桜「なんだと?」
突然の提案に少し驚く岩桜。隣にいる零蘭はそれ以上だったようだが・・・
零蘭「ちょと待つアルヨ。あんなゴツい男とケンカなんてしたら、大ケガどころじゃ済まないアル」
あせる零蘭。それもそのはずである。
零蘭はシルビアが白鳳院流古武術の師範代である父親と互角に渡り合えるほどの実力の持ち主であることを知らないのだ。
岩桜「安心しろ。女相手に拳を使う気はない。それに俺は相手の得意分野で勝負して負かすことが好きなのだ。その女の得意なこと・・・デュエルで勝負だ」
自信ありげに宣言する岩桜とは反対に、平然とした様子のシルビア。その表情に一瞬浮かび上がった不気味な笑みに零蘭は黙り込む。
シルビア「ええどすえ。でも・・・もしうちが勝ったら、二度と葉沙に近づかんでもらえますか?」
岩桜「いいだろう」
岩桜はそのまま教室を出ていった。零蘭はさっきのシルビアの笑みを頭の中から振り払い、
零蘭「大丈夫アルか?」
シルビア「ええ。あんなん程度に葉沙が手を煩わせることなんてないどすから」
零蘭「そうじゃなくて・・・後ろを見るヨロシ」
振り返ってみると、突っ伏したままで真っ青な顔色をした葉沙が水・・・と呟いていた。
仁王立ちしながら待っている岩桜。シルビアは一人でその男の眼前に立った。
零蘭は葉沙と一緒に保健室にいっている。
やはり放課後まで耐えられなかったらしく、今はベッドで休んでいるはずだ。
シルビア「おまたせしました」
岩桜「一人か?」
シルビア「わざわざ切札を曝け出すようなバカとは違いますから」
昼間とは全く別人のような態度のシルビアを不審に思う岩桜。だからといって、いまさら前言撤回などできるはずもなく・・・
岩桜「ずいぶんな言い草だな」
シルビア「それに・・・見られると面倒になることもありますし」
岩桜「まるで俺が負けるとでも言いたげだな」
シルビア「度胸があればのお話どすけどなぁ」
岩桜「笑わせてくれる」
シルビア「うちも久々どすから、手加減できへんと思いますけど・・・・・・堪忍してくださいね」
岩桜「お前こそ後悔するなよ」
岩桜は違和感を残したまま、デュエルは開始された。
シルビア&岩桜「デュエル!」
1ターン目
シルビア「先攻か後攻、お好きなほうをどうぞ」
岩桜「どこまでもムカつく女だ。だが、俺も手加減くらいしてやらんとな・・・後攻で構わん」
シルビア「後悔せえへん?」
岩桜「さっさとしろ」
シルビア「ほな、お言葉に甘えて。ドロー・・・うちは魔法カード〈増援〉を使わせてもらいます」
増援 通常魔法 デッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を手札に加え、デッキをシャッフルする。 シルビア「デッキから〈ゼラの戦士〉を選んで、そのまま召喚しますえ」
ゼラの戦士 地 戦士族 ☆☆☆☆ ATK 1600 / DEF 1600 大天使の力を手にいれる事ができるという聖域を探し求める戦士。邪悪な魔族からの誘惑から逃れるため、孤独な闘いの日々を送る。 シルビア「そうや。フィールドの場所を変えなあかんねぇ・・・せっかくの闇のデュエルが台無しになってまうし」
シルビアの一言に息を飲む。闇のデュエルとは、互いの命を賭けて戦う禁じられしデュエルとして噂されている。
あくまで現実味のない噂なので、誰も信じていないのだが、いまのシルビアの態度はそれを現実に存在しているかのように感じさせた。
岩桜「闇のデュエルだと・・・なんの冗談だ」
シルビア「冗談やありません。もう少ししたら分かりますえ」
岩桜「くっ!」
シルビア「フィールド魔法〈万魔殿−悪魔の巣窟−〉を発動します。やっぱり悪魔は闇の中で生活せんと息苦しゅうてなぁ」
万魔殿−悪魔の巣窟− フィールド魔法 「デーモン」という名のついたモンスターはスタンバイフェイズにライフを払わなくてよい。戦闘以外で「デーモン」という名のついたモンスターカードが破壊されて墓地に送られた時、そのカードのレベル未満の「デーモン」という名のついたモンスターカードをデッキから1枚選択して手札に加える事ができる。 シルビア「これで準備は整いました。あとは・・・・・・」
ゆっくり俯いて沈黙するシルビア。その行為は岩桜の恐怖心を増幅させる。
再び首を上げたとき、シルビアは不敵な笑みを浮かべていた。
シルビア「いたぶって殺したげますから、しっかり歯を食いしばって耐えておくれやす・・・やないと、うちの疼きが止まらなくなってしまいますから」
岩桜「なにをする気だ!?」
シルビア「今さらビクビクしても仕方ないと思いますえ・・・それに言いましたやろ? これは闇のデュエルやって」
岩桜のことなど、お構いなしのシルビア。
まるで死人の言うことなど聞く気がないといいたげである。
シルビア「〈ゼラの戦士〉を生贄に捧げて〈デビルマゼラ〉を特殊召喚しますえ」
岩桜「〈デビルマゼラ〉だと!!」
デビルマゼラ 闇 悪魔族 ☆☆☆☆☆☆☆☆ ATK 2800 / DEF 2300 このカードは通常召喚できない。このカードは「万魔殿−悪魔の巣窟−」がフィールド上に存在し、自分フィールド上に表側表示で存在する「ゼラの戦士」1体を生け贄に捧げる場合のみ特殊召喚できる。このカードが特殊召喚に成功した場合、相手からランダムに手札を3枚捨てる。この効果は自分フィールド上に「万魔殿−悪魔の巣窟−」が存在しなければ適用できない。 岩桜 手札3枚(手札) → 墓地
手札のカードが墓地に吸い込まれていく。このとき岩桜は恐怖した。
本来、デュエルで手札のカードを墓地に送る際は、自らその行動起こさないといけない。
しかし、いまはそれが違った。勝手に手札が消えたのだ。
そしてやっと理解した。これは本当の闇のデュエルだと・・・
シルビア「これで終わるなんて・・・まさか思ってないどすやろなぁ」
岩桜「なに!?」
シルビア「まだこの魔法カードを使う予定なんどすから」
いたずら好きな双子悪魔 通常魔法 1000ライフポイントを払う。相手は手札からカードを1枚ランダムに捨て、さらにもう1枚選択して捨てる。 シルビア LP 4000 → 3000
シルビア「まあテキストはこうどすけど、選ぶ必要もないどすなぁ」
岩桜 手札2枚(手札) → 墓地
これで岩桜の手札が0枚になってしまった。まだ自分のターンすら回ってきていないというのにである。
これでは戦意喪失してもおかしくない。現にデッキに手を置こうとしている。
サレンダー・・・自ら負けを認めて相手に示す行為である。
しかし、シルビアをその行動に首を傾げた。
シルビア「これは闇のデュエル言いましたやろ? サレンダーなんてできるわけありません」
岩桜「そんなバカな! この状況を打開する方法なんて俺のデッキにはない」
シルビア「せやかて、そんなんは関係ありません。ただライフが0になるまでデュエルを続ける・・・それだけどす」
額に汗を浮かべる岩桜。それに比べてシルビアは恍惚とした表情を浮かべている。まるで玩具を壊して喜ぶ無邪気な子供のように。
シルビア「うちはカードを1枚セット。ターン終了どす」
2ターン目
岩桜「・・・俺のターン、ドロー」
シルビア「そのドローに対して罠カードを発動させますえ」
はたき落とし 通常罠 相手のドローフェイズ時に発動する事ができる。相手はドローフェイズでドローしたカード1枚をそのまま墓地に捨てる。 絶望する岩桜。
このターン、なにもできずに終わるということは攻撃力2800の〈デビルマゼラ〉のダイレクトアタックを許すことになる。
そして恐らく、シルビアは次のターンのドローを封じる術も用意していることだろう。
シルビア「ターン終了せな・・・相手さんが待ってるんやから」
そう言いながら、次のターンを問答無用で開始するシルビア。
3ターン目
シルビア「うちのターン、ドロー・・・」
足を震わせながら、かろうじて立っているだけの存在を見下すような視線を送っているシルビアの姿に、
岩桜の思考は逃げろと告げてくる。しかし、身体がいうことをきいてくれない。
シルビア「魔法カード〈封印されし魔法陣〉を発動します」
封印されし魔法陣 通常魔法 デッキからレベル4以下の悪魔族モンスター1体を手札に加え、その後デッキをシャッフルする。 シルビア「このカードの効果で〈言葉を操るサギ悪魔〉を手札に加えますえ」
言葉を操るサギ悪魔 闇 悪魔族 ☆☆☆☆ ATK 1200 / DEF 1000 このカードが相手プレイヤーに戦闘ダメージを与えた時、自分の手札を2枚捨てることで、次の相手ターンのドローフェイズをスキップする。 シルビアは手札に加えたカードを見せびらかしながら、笑う。
ただひたすら笑い続けた。
本当に楽しそうに・・・
岩桜「うわあああああぁぁぁぁぁぁ」
岩桜は叫びながら走り出した。
シルビアに背を向けて一直線に。
身体はさっきの動けなかった反動もあってか、恐ろしく軽く感じられた。
だが、どういうことか少しも前に進んでいない気がしてならない。まるで出口のない悪魔の巣窟をグルグル回っているような・・・・・・
シルビア「いけませんえ。ちゃんと最後までせんと」
絶叫が響き渡った。そこにいたはずの岩桜はいなくなっていた。シルビアは何事もなかったかのような態度で、
シルビア「うちの葉沙を傷つけるから、そんなことになるんどす。大丈夫や・・・うちがちゃんと葉沙のこと、守ってあげるさかいな」
闇の中で悪魔と少女の笑い声は、いつまでも響いていた。
日干しされたばかりの気持ちよいシーツとひんやりと冷たい氷枕に満足しながら、葉沙は零蘭とシルビアの帰りを待っていた。
零蘭「やぱり、一人でいかせたのはよくなかたアル」
葉沙「大丈夫だって。シルビアはそう簡単に負けたりしないわ」
心配そうな零蘭とは全く逆で、心配のしの字もない様子の葉沙。
零蘭「そうなのカ?」
葉沙「実は私、シルビアに1回も勝ったことないんだ・・・デュエル」
零蘭「シルビアは、そんなに強いアルカ?」
葉沙「強いっていうより反則並みね・・・強すぎなのよ」
零蘭「私も1度、デュエルしてみたいネ」
葉沙「あんたじゃ速攻で負けると思うけどね」
零蘭「そんなことないアルヨ。私の〈海竜神−ネオダイダロス〉が全部飲み込むアル」
葉沙「でも最近はデュエルしてないんだけどね」
零蘭「どうしてアル?」
葉沙「さあ? 私にそんなことわかるわけないでしょ。でも・・・」
話が盛り上がろうとしていたそのとき、木製のドアにある独特の音が響いた。そこに立っていたのは―――
葉沙「おかえり、シルビア」
いつも通りの笑みを浮かべるシルビア。零蘭も安心した様子でホッと胸を撫で下ろしている。
葉沙は当然のように零蘭にカバンを持たせると、シルビアの肩に腕を回した。シルビアは甘えん坊さんやねぇと嬉しそうに言った。