目覚まし時計が大きな音で鳴り響いた。寝ぼけなまこのままで、目覚まし時計を蹴り飛ばす葉沙。
その時の痛みが効いたのか、葉沙は布団の中で、しばらく足を抑えていた。が、すぐにそれをやめて大きくアクビをしてみせる。
そして再び眠りについた。
葉沙「ZZZZZZ・・・・・・」
それから五分ほど経ったが、一向に起きる気配のない葉沙。
それに耐えかねたのか、部屋のドアを開ける音がした。
なんと部屋に入ってきたのは一匹の犬。しかもかなり体の大きいゴールデンレトリバーである。
彼女は琴木家で飼われているペットで名はリリー。
葉沙が3才の時、川で溺れているのを助けたことがきっかけで、今では家族同然の立場にいる。
幼いころから葉沙をよく知るリリーは葉沙を起こすことも軽くこなすことができる。
方法は簡単だ。リリーは布団を剥ぐと葉沙の顔に自分の前足を置いた。
すると・・・あら不思議!
葉沙は自然にベッドから起き上がった。
そう、葉沙は不愉快なことがあると、それがどんな状況だろうと、なんとかしようとするのだ。
つまり、睡眠の邪魔をするリリーに鉄槌を・・・という思考が回りはじめる。
葉沙が怒ることも計算に入れているリリーはすぐにリビングへと撤退する。
しかし、本当は葉沙がリリーに怒りを爆発させてはいけない。実は昨晩、葉沙は自分が寝坊することを予測し、あらかじめ、リリーに自分を起こすように言っておいた。
賢いリリーはそれを理解し、目覚まし時計が鳴っても起きようとしない葉沙をわざわざ起こしにいったのだ。
本当に迷惑な話だ。
リリーのおかげで目が覚めた葉沙は、カーテンを開き、窓を開けて、外の空気をめいいっぱい肺にため込んだ。
気合をいれた葉沙は机の上に置いたデッキを手に取る。すると、スィンが目をこすりながら、カードの間から這い出てきた。
葉沙「おはよ、スィン」
スィン(おはようございます。葉沙にしては朝が早いですね)
葉沙「あったり前でしょ? 今日は関東大会予選日なんだから」
そう言ってガッツポーズしてみせる葉沙。スィンは笑顔で返事を返す。
スィン(そうでした。おかげで私は寝不足です)
葉沙「文句言わないの。んじゃ気合いれていくわよ」
スィン(はい)
この時はスィンしか返事をしていなかったが、葉沙にはデッキのカードすべてが返事をしたような気がした。
人ごみに溢れかえった会場前では、入場時間を大幅に早める事態にまでなっていた。
幸いにも葉沙は予選参加のデュエリストなので、一般とは違う場所からの入場となる。
葉沙は拳に力を入れて、選手控え室へと進む。
途中で対戦相手になるかもしれない人物とすれ違ったりしたが、あえて無視した。
選手控え室に入ると、すでに零蘭とマリアがいた。シルビアの姿はない。
彼女は前回の優勝者なのでシードがあるのだ。ゆえに予選に出場する必要はなく、本戦から参加することになっている。
おそらく葉沙たちを応援するために、人ごみと会場内の席を争って格闘しているに違いない。
葉沙の存在に気がついた零蘭が手を振って手招きする。
葉沙は素直に零蘭たちのほうに向かう。
零蘭「ずいぶん遅かたアルナ。寝坊でもしたアルか?」
葉沙「わざとに決まってるでしょ。弱い連中が最後に入ってきた私に敵意を向ける滑稽な姿が見たいのよ」
葉沙(本当は道に迷っただけとは口が裂けても言えないって)
次の瞬間、葉沙の声に反応するように周りのデュエリストが葉沙を睨みつけた。
それでも葉沙は平然と腕組して鼻を鳴らす。
彼らも今日のために努力してきたデュエリストだ。こんな大舞台で気が立っているはずだというのに・・・
マリア「葉沙・・・無神経・・・」
葉沙「あっごめん。ついうっかり本音が出ちゃったのよ」
性格上、一度言ったことを撤回するなんて出来ない葉沙は、悪びれた様子もなく言い切ることしか考えつかなかった。
だが、これでは零蘭やマリアにもフォローが不可能な状況に。
結果的に二人も睨まれる羽目になってしまった。
大和「勝ち抜いてきたか、琴木葉沙」
葉沙は声のかけられたほうに振り向いた。そこには学生服姿の大和の姿が。
あんた、こんなときくらい私服を着なさいよね
大和「これが一番デュエルに集中できる格好だ」
葉沙「センス悪すぎ」
大和「どう言われようとも構わない。それより・・・」
大和が言葉を溜め込んだ。葉沙は黙って次の言葉を待つ。
わかっているのだ。
次の言葉が・・・
大和「決勝の舞台で待っている。必ず這い上がって来い・・・琴木葉沙」
葉沙「そうさせてもらうわ。せいぜい覚悟しときなさい」
返事を返さずに踵を返す大和。その背中をジッと見つめながら、葉沙は頷く。
葉沙(大和に勝つ。決勝で絶対に・・・)
決意を新たにする葉沙。しかし、そのやる気を削ぐような形でアナウンスが流れだした。
ジャッジ山田「さあデュエリスト諸君。これから開会式が行われる。君達にとっては名誉ある舞台と言えるだろう。しかし、それだけで・・・・・・えっ? あっはい。」
ジャッジ山田「よし、それじゃデュエリストの諸君、係員の指示に従って行動してくれたまえ」
ドアが開き、プラカードを持ったレースクイーンような格好の女性係員が現れた。部屋に待機していたデュエリストたちは彼女のあとに続く。
長い通路を歩き、出口が見えてきた。出口をくぐると、眩しい閃光が瞳を直撃する。葉沙は思わず目を閉じた。
さらに進むと、そこにあるのは巨大なデュエルリングと満員の観客席で埋め尽くされた会場。
デュエルリングの中央に立つ派手なスーツ姿の男がマイクを握り締めて声を張り上げた。
ジャッジ山田「彼らが今大会の参加切符を手に入れた強きデュエリストたちだ! みんな、勇敢なるデュエリストたちに盛大な拍手を」
会場が拍手の音で包まれる。葉沙は呆気に取られていたが、すぐに持ち前の度胸を取り戻し、腕組みしてみせる。
ジャッジ山田「デュエリスト諸君。これから行われるのは本戦出場権を懸けた真剣勝負だ」
そんなものわかっていると会場からの野次が飛ぶ。ジャッジ山田は少し落ち込んだようだが、すぐに気を取り直す。
ジャッジ山田「ルールを説明しよう。基本的なルールは最新のものを適用し、制限カード等も、現在指定されているカードのみになる。そして今回の特別ルールは君たちは受付で名前の記入されたカードにある」
葉沙はポケットにしまい込んでいたカードを取り出した。葉沙のカードは赤色だったが、隣にいる零蘭は青、マリアは緑だった。
ジャッジ山田「会場の皆様ならよくわかることでしょう。私の立っている場所からデュエルリングが四色に色分けされている。そのカードと同じ色を持つデュエリストとデュエルしてもらうのが、今回の予選形式だ。勝ち残れるのは一色のフィールドで一人だけ。つまり、四人しか決勝大会に進むことができないという負けの許されないサバイバルデュエル!!」
葉沙は零蘭たちと違う色のカードだったことに内心ホッとしながら、大和のほうを向いた。
葉沙(大和は一体何色のカードだったんだろう)
その時、葉沙は自分に降りかかった重大な事実を聞き逃してしまった。
零蘭に肘で突かれてムッとした葉沙は小言で零蘭に話しかける。
葉沙「なによ、いきなり」
零蘭「なに聞いてたアルか! 無反応だたから教えてあげようとしたのに・・・とにかく上の画面を見てみるとヨロシ」
零蘭に言われるまま、ちょうど真上辺りにある巨大なテレビ画面を見てみる。
そこに映し出されているのは・・・なんと葉沙の顔写真。
思わず赤面する葉沙。
事態を把握出来ずにいる葉沙にジャッジ山田が、
ジャッジ山田「早くデュエルリングに上がってください、琴木選手」
デュエルリングの上では、すでに一人の少女がデュエルディスクを構えていた。
牛乳瓶の底のような厚さの丸ぶちメガネと三つ網にされた黒髪、鼻の上辺りのそばかすが気になるのか、人差し指で撫でている。
〈いわゆるゴスロリ〉姿が妙に似合わない少女だった。
とりあえずリングの上に上がる葉沙。
ジャッジ山田はそれを確認して、
ジャッジ山田「琴木選手VS前園選手のデモンストレーションマッチを開始します! 両選手、準備はいいか?」
濃い化粧のせいで目つきが悪く見えるせいなのか、前園はすでに臨戦態勢のように見得る。
なぜ自分がこんな役を? と疑問に感じながらもデュエルディスクを構える葉沙。
ジャッジ山田「それでは、皆さんごいっしょに・・・デュエルスタート!!」
葉沙&前園「デュエル!」
1ターン目
葉沙「先攻はもらっちゃうわよ! ドロー」
カードを見て満足げな表情を見せる葉沙。そのカードは・・・
スィン(私のこと、お呼びでしたか?)
葉沙「その通りよ。せっかくデモンストレーションマッチに選ばれたんだから、私の名前を全世界のデュエリストに知らしめるためにあんたの力を使わせなさい」
スィン(無茶苦茶だよ、葉沙。それに・・・全世界は難しいと思う)
葉沙「余計なツッコミするな! あんたは黙って言うこと聞く! ほら、いくよ。私は〈スィンセリティ・ガールLV3〉を召喚するわ」
スィンセリティ・ガールLV3 光 魔法使い族 ☆☆☆ ATK 1200 / DEF 1200 このカードがフィールド上に表側表示で存在し、このカードを除くモンスターが特殊召喚に成功した時、このカードを墓地に送る事で「スィンセリティ・ガールLV5」1体を手札またはデッキから特殊召喚する。 葉沙「さらに手札から〈ドリアードの祈り〉を発動! 手札の〈探査魔道士・イクスプロー〉をコストに〈精霊術師ドリアード〉を召喚よ!!」
ドリアードの祈り 儀式魔法 「精霊術師ドリアード」の降臨に必要。フィールドか手札から、レベル3以上になるようカードを生け贄に捧げなければならない。
探査魔道士・イクスプロー 地 魔法使い族 ☆☆☆☆ ATK 500 / DEF 500 このカードがフィールドまたは手札から墓地に送られた場合、ターン終了時にデッキからカードを1枚ドローする。
精霊術師ドリアード 光 魔法使い族 ☆☆☆ ATK 1200 / DEF 1400 「ドリアードの祈り」により降臨。このカードの属性は「風」「水」「炎」「地」としても扱う。 葉沙「この瞬間に〈スィンセリティ・ガールLV3〉の効果が発動するわ。〈精霊術師ドリアード〉は儀式モンスター」
零蘭「よいコンボアルナ。儀式モンスターは特殊召喚扱いアル。〈スィンセリティ・ガールLV3〉のモンスター効果は、モンスターが特殊召喚された時」
葉沙「デッキまたは手札から〈スィンセリティ・ガールLV5〉を特殊召喚することができるのよ!」
スィンセリティ・ガールLV5 光 魔法使い族 ☆☆☆☆☆ ATK 2300 / DEF 2300 このカードがフィールド上に表側表示で存在し、このカードを除くモンスターが特殊召喚に成功した時、このカードを墓地に送る事で「サイレンス・ガールLV7」1体を手札またはデッキから特殊召喚する。フィールド上に存在するカード1枚をゲームから除外する。この効果は1ターンに一度メインフェイズにしか使用できない。 葉沙「〈スィンセリティ・ガールLV5〉を攻撃表示で召喚!!」
ジャッジ山田「おおっとこれはすごいぞ! 最初のターンで上級モンスター〈スィンセリティ・ガールLV5〉をフィールドに呼び出した! これはかなりのタクティクスだーーーーー!」
盛り上がる会場内、葉沙はその歓声を満足げに聞き入ると、
葉沙「私はカードを1枚伏せてターン終了よ。ついでに〈探査魔道士・イクスプロー〉の効果でデッキからカードを1枚ドローするわ」
2ターン目
前園「私のターン、ドロー」
前園はドローしたカードをジッと見つめて考え込み始めた。そんなに悪いカードだったのだろうかと会場内の誰もが感じていたそのとき、
前園「私は〈ゴキジュニア〉を攻撃表示で召喚!」
ゴキジュニア 闇 昆虫族 ☆☆☆☆ ATK 1500 / DEF 1500 このカードがフィールド上から放れた場合、デッキから同名カードを特殊召喚する事ができる。その後デッキをシャッフルする。 葉沙は絶句した。あの黒光りする脅威の存在。いたる所に出没し、その姿を見ただけで人々は恐怖に陥ってしまう。
異常な繁殖能力と脅威の生命力を持ちえている化け物。
まさしく黒い悪魔と呼ぶに相応しい。
マリア「あっ・・・葉沙・・・危険・・・かも」
零蘭「どういうことアルか?」
ゆっくりとその場を離れようとしたマリアを足止めする零蘭。
確かに今の葉沙は異常と言えるだけの状況だった。全身に鳥肌が立ち、顔色は肌色から青へと変色している。
周りから、苦手なものなんて存在するのか? と、強気に見られる葉沙だが、実は昆虫が苦手なのだ。
もちろん、過去に原因があるわけだが・・・どうせ嫌いなことに変わりはない。
当然、誰にも知られないようにしてきたが、家族、シルビア、マリアにはバレてしまっている。
意外に女の子らしい一面なのだが、今の状況でそんなこと言っていられない。
葉沙は傍目では確認できないくらいスローで後ずさりを始めた。
よっぽど嫌いなのだろう。いくら誤魔化そうとしてもその表情だけでわかってしまうほどだ。
前園「ふうん・・・あんた、ゴキ○リ嫌いなんだ」
葉沙「当ったり前でしょうが! あんな気色悪いもの。もし、好きって言えるヤツがこの世に存在するんなら、私が宇宙ロケットのアポジモーターに縛りつけて銀河の彼方まで飛ばしてやるわ」
その言葉を聞いてニヤリと笑う前園。
前園「だったらさ、この〈ゴキジュニア〉に、あんたの大事なモンスターを食われる様を見せてあげる」
フィールドでゴソゴソと蠢いていた〈ゴキジュニア〉が葉沙の方を向いた。思わず大きく一歩下がり、デュエルリングから落ちそうになる葉沙。
会場は爆笑の渦に巻き込まれたが、当の本人である葉沙に反撃するゆとりはない。
零蘭とマリアは、気の毒そうな表情をするだけで、助け舟を出してくれそうにない。
・・・というか出せるわけがない。デュエルの最中だし・・・
前園「〈ゴキジュニア〉で〈精霊術師ドリアード〉を攻撃するよ。いけ! 〈ゴキジュニア〉!!」
〈ゴキジュニア〉は〈精霊術師ドリアード〉に一直線に向かってくる。その姿といったら、ゴキ○リそのもの。
海馬コーポレーションの技術力は凄いとわかるが、これだけリアルだと、すごく嫌だ!
現に〈精霊術師ドリアード〉は恐怖のあまり、その場に座り込んでしまう始末。
葉沙「誰が私のかわいいモンスターに触れさせるもんですか! リバースカードオープン! 〈風林火山〉」
風林火山 通常罠 風・水・炎・地属性モンスターが全てフィールド上に表側表示で存在する時に発動する事ができる。次の効果から1つを選択して適用する。
●相手フィールド上モンスターを全て破壊する。
●相手フィールド上の魔法、罠カードを全て破壊する。
●相手の手札を2枚ランダムに捨てる。●カードを2枚ドローする。葉沙「私の選ぶ効果は相手フィールドのモンスターの破壊よ!!」
ゴキジュニア(フィールド) → 墓地
マリア「やっぱり・・・冷静じゃ・・・ない」
零蘭「〈ゴキジュニア〉の効果を完全に忘れてるアルよ、葉沙!」
葉沙「へっ?」
二人のほうを向く葉沙。
だが時はすでに遅し。フィールドには効果で破壊されたはずの〈ゴキジュニア〉が・・・なんと2体も!
葉沙「なっ・・・・・・!!」
言葉を失う葉沙。前園はケラケラと笑いながら、
前園「〈ゴキジュニア〉の効果が発動されたのよ。このモンスターがフィールドから離れた時にデッキまたは手札から〈ゴキジュニア〉を可能なかぎり特殊召喚できるってわけ」
増殖するクリボーもビックリな特殊効果をもつ〈ゴキジュニア〉。
2体の〈ゴキジュニア〉は兄弟の恨みを晴らさんとばかりに葉沙のほうを向く。
前園「これでリバースカードも無くなったし・・・攻撃再開ね」
〈ゴキジュニア〉ATK 1500 VS 〈精霊術師ドリアード〉ATK 1200
撃破!葉沙 LP 4000 → 3700
めいいっぱい悲鳴を上げながら〈ゴキジュニア〉に襲われる〈精霊術師ドリアード〉。
葉沙の恐怖心はさらにかきたてられ、今にも失神しそうなほどだ。
その光景を満足げに見ていた前園は、
前園「カードを1枚伏せてターン終了」
3ターン目
葉沙 LP 3700 手札:2枚 0枚 スィンセリティ・ガールLV5〈表側攻撃表示〉 ゴキジュニア〈表側守備表示〉×2 1枚 前園 LP 4000 手札:4枚 別の意味の恐怖のあまり、ドローすることさえ忘れている葉沙。
マリア「葉沙・・・ドロー・・・デッキ」
マリアの一言で慌ててドローしたものの、すでに冷静さを欠いている葉沙に、いつものデュエルができるはずもなく、
葉沙「リバースカードを2枚セットしてターン終了!!」
モンスターの効果どころか攻撃することさえ忘れてしまった。これには零蘭やマリア、ジャッジ山田や会場の観客も驚きを隠せない。
零蘭「なにしてるアルか!? なにもしないで終わてどうするアル!!」
葉沙「う・・・うるさい! こっちにだってちゃんと考えがあるのよ!!」
涙目で強気の振りをする葉沙だが、現在この会場は生中継で全国に放送されている。これでは全国中の笑いものである。
4ターン目
戦意喪失と言っても過言ではない葉沙。前園がそれを利用しないわけがない。
前園「まずはドローしてっと・・・そうだ! このまま負けちゃうのは可哀想だから、私のドローしたカードを見せてあげる」
前園はドローしたカードを表にする。そのカードは・・・
ゴキマザー 闇 昆虫族 ☆☆☆☆☆☆☆ ATK 0 / DEF 0 このカードの攻撃力・守備力は、フィールド・墓地にある〈ゴキジュニア〉の数×1000ポイントになる。 葉沙「ううう・・・」
もう我慢の限界だと言いたい葉沙。だがそんなことが言えるわけがない。たかがゴキ○リが嫌いだからデュエルを棄権したいなどと、ましてプライドがそんなことを許すはずがない。
前園「2体の〈ゴキジュニア〉を生け贄に〈ゴキマザー〉を召喚よ」
現れたのは巨大なゴキ○リ、長い触角に黒光りする体。その名に相応しい巨体の〈ゴキマザー〉は、その黒い瞳に葉沙を写す。
スィン(葉沙のほう見てるね)
葉沙「バカ! なに呑気なこと言ってんのよ!!」
スィン(えっ?)
葉沙「確かにあのゴキ、私のほうを見てるけど、次にあれの攻撃受けるのは、あんたなのよ」
スィン(ああ〜〜〜!!)
事実に気づいたスィンが素っ頓狂な声を上げた。葉沙のほうを向いてイヤイヤと首を横に振るが、葉沙にもこればかりはどうしようもない。
前園「〈ゴキマザー〉の攻撃力はフィールドと墓地にいる〈ゴキジュニア〉の数×1000ポイントになるわ。私の墓地にいる〈ゴキジュニア〉は全部で3体・・・どういう意味か、わかる?」
ゴキマザー
攻撃力 0 → 3000葉沙「攻撃力・・・3000!!」
前園「〈ゴキマザー〉の攻撃! 無限増殖アタック!!」
〈ゴキマザー〉の羽の間から無数の〈ゴキジュニア〉が飛び出して〈スィンセリティ・ガールLV5〉に襲い掛かる。
悲鳴を上げながら、破壊される〈スィンセリティ・ガールLV5〉。
〈ゴキマザー〉ATK 3000 VS 〈スィンセリティ・ガールLV5〉ATK 2300
撃破!葉沙 LP 3700 → 3000
その光景を眺めながら、葉沙の内に恐怖という感情は、憎悪という感情へと変化した。
怯えるウサギのような瞳は復讐に燃えるギラギラしたものへと変わり、こめかみに血管が浮き出た。
異変に気づいたマリアが、零蘭を盾にしようと背中に回る。
零蘭「どうしたアルか?」
マリア「キレた・・・葉沙が・・・危険」
零蘭「???」
意味が理解できずにいる零蘭を他所に、マリアはその場から離れようと必死である。
デュエルリングでは葉沙が、
葉沙「ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつく」
と小声で呟いている。あまりに小さい声で誰にも聞こえてはいなかったが、マリアだけは敏感に反応していた。
前園は葉沙の異変に全く気づくことなく、
前園「さらにカードを1枚伏せて、ターン終了」
5ターン目
葉沙 LP 3000 手札:1枚 2枚 なし ゴキマザー〈表攻撃〉 2枚 前園 LP 4000 手札:3枚 ジャッジ山田「追い込まれた琴木選手は次のドローで逆転の一枚をドローできるか!?」
ジャッジ山田の言葉など誰も聞いてはいないが、次の葉沙の行動に興味を示す観客は静かなものだった。
葉沙は無言もままでカードをドローする。そのカードを細いに目で見つめながら、なにかを決したようだ。
葉沙「まずは〈サイレンス・ガールLV3〉を攻撃表示で召喚!」
サイレンス・ガールLV3 光 魔法使い族 ☆☆☆ ATK 1400 / DEF 1000 このカードがフィールド上に表側表示で存在し、このカードを除くモンスターが特殊召喚に成功した時、このカードを墓地に送る事で「サイレンス・ガールLV5」1体を手札またはデッキから特殊召喚する。相手フィールド上の表側表示魔法カード1枚を破壊する。この効果は1ターンに一度メインフェイズにしか使用できない。 葉沙「手札から〈魔力砲撃〉を発動! このカードは自分のフィールド上に魔法使い族がいる場合にのみ発動可能なカード。相手フィールドのリバースカードを1枚破壊できる」
魔力砲撃 通常魔法 自分フィールド上に表側表示の魔法使い族モンスターが存在する時のみ発動する事ができる。フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊し、そのコントローラーに500ポイントダメージを与える。 前園 LP 4000 → 3500
前園「なんでライフが減るのよ!?」
零蘭「〈魔力砲撃〉の効果でカードの破壊に成功した場合、500ポイントのダメージを与えることができるアルヨ」
葉沙は相手にカードの説明をする気など全くないようだ。次々とアクションを起こしていく。
葉沙「リバースカードオープン! 〈ゴブリンのやりくり上手〉。さらに速攻魔法〈非常食〉をチェーンするわ」
ゴブリンのやりくり上手 通常罠 自分の墓地に存在する「ゴブリンのやりくり上手」の枚数+1枚をデッキからドローし、手札からカードを1枚選択してデッキの一番下に戻す。
非常食 速攻魔法 このカードを除く自分フィールド上の魔法または罠カードを墓地へ送る。墓地へ送ったカード1枚につき、自分は1000ライフポイント回復する。 葉沙「これで私はデッキからカードを2枚ドローして、1枚をデッキに戻す。ついでにライフを1000ポイント回復よ」
葉沙 LP 3000 → 4000
零蘭「葉沙にしては考えたアルナ。効果発動前に〈非常食〉を使用すれば、墓地に〈ゴブリンのやりくり上手〉がある状態になて、1枚多くドローできるアル」
マリア「その上・・・ライフも・・・回復・・・できる」
葉沙「手札から〈死者蘇生〉を発動! 〈スィンセリティ・ガールLV5〉を攻撃表示で特殊召喚!!」
死者蘇生 通常魔法 自分または相手の墓地からモンスターを1体選択する。選択したモンスターを自分のフィールド上に特殊召喚する。 なんて引き運の良さと言いたい所だが、葉沙の復讐劇はまだ始まったばかり。
前園はこれから起こるさらなる狂気が、自分を襲い掛かることなど予想しているはずもない。
零蘭「これで〈サイレント・ガールLV3〉のレベルアップ条件が満たされたアル」
葉沙「〈サイレント・ガールLV5〉をデッキから特殊召喚!!」
サイレンス・ガールLV5 光 魔法使い族 ☆☆☆☆☆ ATK 2500 / DEF 2100 このカードがフィールド上に表側表示で存在し、このカードを除くモンスターが特殊召喚に成功した時、このカードを墓地に送る事で「サイレンス・ガールLV7」1体を手札またはデッキから特殊召喚する。自分のターンに1度だけ、次の効果から1つを選択して発動ができる。
●自分の墓地に存在する魔法カードを1枚手札に加える。
●フィールド上の魔法または罠カード1枚を破壊する。葉沙「〈サイレント・ガールLV5〉の効果・ディスティニー・ディクレアス発動! そのリバースカードを破壊させてもらうわ!!」
前園「なっ!」
怒涛の快進撃に驚きを隠せない前園。
葉沙「さらに〈サイレント・ガールLV5〉を特殊召喚したことで〈スィンセリティ・ガールLV5〉の特殊効果が発動できる」
完全に自分のペースを取り戻した葉沙はいつも以上の強気な笑いを見せる。それを見て喜ぶスィンが葉沙に頷いた。
葉沙「〈スィンセリティ・ガールLV5〉はさらなるレベルアップを果たし、〈スィンセリティ・ガールLV7〉に進化する!!」
スィンセリティ・ガールLV7 光 魔法使い族 ☆☆☆☆☆☆☆ ATK 2600 / DEF 2600 このカードは通常召喚できない。「スィンセリティ・ガール LV5」の効果でのみ特殊召喚できる。フィールド上に存在するカード1枚をゲームから除外する。そのカードがモンスターだった場合、除外したモンスターの元々の攻撃力の数値をダメージとして相手プレイヤーに与える。この効果は1ターンに一度メインフェイズにしか使用できない。 少女の姿を脱ぎ捨てたスィンは、優しそうな笑顔と透き通るような肌が印象的な大人の姿へと成長した。
足元まで伸びたストレートの髪は魅惑の輝きを放ち、白いローブはスィンの誠実さを引き出している。
自分の身長より高い杖には、大きな魔法石が埋め込まれ、赤く輝いている。
葉沙「スィンセリテ・ガールが一流の魔道士へなった姿よ。その能力は〈ブラックマジシャン〉に匹敵するわ。〈スィンセリティ・ガールLV7〉の特殊効果、ディメンジョン・ディバイデッド・ハイ!!」
〈ゴキマザー〉の真上に光の渦が出来始めた。音もなく渦は大きくなっていき、〈ゴキマザー〉の巨体を包み込んでいく。やがて渦は消え去り、そこには〈ゴキマザー〉の姿は露と消えていた。
前園「私の〈ゴキマザー〉が・・・消えた!?」
葉沙「〈スィンセリティ・ガールLV7〉のディメンジョン・ディバイデッド・ハイは相手モンスター1体をゲームから除外し、そのモンスターの元々の攻撃力の数値を相手プレイヤーにダメージとして与えるもの。よかったわね、〈ゴキマザー〉の攻撃力が0で」
これで前園のフィールドはがら空きになった。葉沙のフィールドには強力モンスターが2体。
葉沙「この私にゴキ○リモンスターなんて差し向けておいて、ただで済むと思ったら大間違いよ!!」
打つ手のない前園は葉沙に圧倒されている。葉沙は高らかに手を上げながら、
葉沙「プレイヤーにダイレクトアタック!!」
前園 LP 3500 → 0
デュエル終了!!
勝者――葉沙!!ジャッジ山田「決まったああああああ〜〜〜〜〜〜!!」
会場内が最高の盛り上がりを見せる中、葉沙の視線は、大和に向けられていた。
大和もまた葉沙を見つめている。その瞳に映るのは、強者と戦える喜びであった。