第9話 予定外の悪夢!!


○デュエルリング○


 デモンストレーションが終了した会場の盛り上がりはそのままに、大会の予選は開始された。

 それぞれのフィールドに上がるデュエリスト達の表情は険しい。それに比べて葉沙達はゆとりのある表情である。それは大会優勝の経験が豊富なマリアや零蘭、デモンストレーションマッチで勝ち星を上げた葉沙だからこそのゆとりだ。

葉沙「二人とも負けんじゃないわよ」

零蘭「それについてはダイジョブアル。葉沙と違て奇跡に頼るデュエルはしないアルからナ」

葉沙「どういう意味よ、それ!!」

 腕組しながら鼻を鳴らす零蘭。それに比べてマリアは葉沙を心配そうに見つめている。

マリア「葉沙・・・さっきのデュエルで・・・注目されてる・・・気をつけて」

葉沙「わかってるって。ま、あんたたちがこんな所で負けると思ってないけどね」

 葉沙は二人に背中を向けて歩き出した。心配する必要などないのだ。

 二人の実力は折り紙つき。それはデュエルした者だけがわかる安心感。

 零蘭とマリアも互いのデュエルリングへと歩き始める。

 しかし、悪夢とは突然やってくるものだということを、このときの葉沙たちは知らなかった。


○観客席○


 盛り上がる観客席の一角に、黒い着物を羽織った女性の姿があった。結い上げた銀髪を髪留めで固定し、黒い扇子を扇いでいるその女性は、周りからサインをお願いされている。

 彼女こそ、決勝本戦までのシードを持っている前回優勝者の白鳳院・シルビア・ランフォードである。

 シルビアは席を立つと、会場の奥へと足を運んだ。サインを貰おうとしている男性が呼び止めようとしたが、ほかの女性がそれに立ちはだかる。

 シルビアは

 会場の通路の一角、関係者以外立ち入り禁止の看板を無視して奥へと進む。

 その先でシルビアを待っていたのは、例の黒服の男たちであった。

シルビア「今度はなんなんどす? やっと計画を実行に移せて、ホッとしてるんどすけど」

 うんざりそうに言うシルビア。

黒服の男「計画にあの男を使うことなど、仕様書には書いてなかったぞ。また逃げられでもしたらどうする?」

 男の剣幕は凄まじかったが、それでもシルビアは悪びれた様子もなく言い放つ。

シルビア「あれやったら、ちゃんと洗脳してますから、心配要りませんえ」

黒服の男「そういう問題ではない! 我らが主の指示を無視して行動すること・・・」

 シルビアの目つきが変わった。黒服の男もこれには驚いたようだ。冷静を装っているが、動揺を隠しきれていない。

シルビア「下っ端ごときがグチグチと・・・いい加減、目障りどすな」

 シルビアは右の薬指の指輪に軽く口付けしてみせる。人の目のようなデザインの指輪は突然黒い光を放ち、黒服の男を飲み込んでいく。叫ぶ暇さえ与えずに、黒服の男は指輪に吸い込まれた。

 ほかの男たちは恐怖のあまり、腰をぬかして座り込んでしまった。

シルビア「あんまりうるさいと、あんたたちもこないな目に遭いますから、気ぃつけてな」

 必死に首を縦に振る男たち。シルビアはその場をあとにして会場に戻った。

 デュエルフィールドを見て、満足そうに笑みを浮かべる。

シルビア「はよう当たってくれたら思いましたけど、こっちのほうが葉沙が本気になってくれそうどすな。本当にうちは運がええみたい・・・零蘭はんには悪いどすけど、生贄らしくなるようコテンパンにせなね」


○デュエルフィールド(青)○


 三人目のデュエリストに勝利した零蘭。今日の調子は良好だった。葉沙と再びデュエルするため、この大会の参加を決意した零蘭は、いつも以上に気合を入れて、一戦一戦を戦っていた。

 周りを眺めると、一人の男だけが立ってだけで、誰も青のフィールドに残っていないことに気づいた。

 予選を開始して約1時間弱。最初は二十名弱のデュエリストが立っていたが、これほどの短時間でいなくなってしまうとは・・・

 浮かれていた零蘭だったが、まだ青のフィールドに立つ人物を思い出す。

 身長は180cm以上だろうか、全身をローブのようなもので覆い隠しているために顔などの確認はできないが、体格からおそらく男性であることだけはわかった。問題は明らかに尋常でない雰囲気を醸し出している点だ。

 しかし、それを不気味と感じながらも、デュエルをしないことには前に進むことはできない。

 意を決してデュエルディスクを構える零蘭。相手もローブの内からデュエルディスクを出すことで返事を返した。

零蘭「デュエル!」

1ターン目

 男は無言のままでデッキから5枚のカードを引く。その態度に苛立ちを覚えた零蘭だったが、すぐにその考えを振り払う。

 冷静でなければ、どんなデュエルでも勝利することはできないからだ。

零蘭「先攻はもらうアル。ワタシのターン、ドロー」

 零蘭は最初に引いたカードを見るなり、気合を入れて行動を開始した。

零蘭「ワタシは〈アビス・ソルジャー〉を攻撃表示で召喚するアル」

アビス・ソルジャー水族☆☆☆☆
ATK 1800 / DEF 1300
水属性モンスター1体を手札から墓地に捨てる。フィールド上のカード1枚を持ち主の手札に戻す。この効果は1ターンに1度だけ自分のメインフェイズに使用する事ができる。

零蘭「さらに魔法カード〈大波小波〉を発動アル! この効果で、自分のフィールド上のモンスターを全て破壊し、破壊した数だけ新たにモンスターを特殊召喚するアルヨ。〈アビス・ソルジャー〉に変わって〈海竜―ダイダロス〉がフィールドに現れるアル」

海竜−ダイダロス海竜族☆☆☆☆☆☆☆
ATK 2600 / DEF 1500
自分フィールド上に存在する「海」を墓地に送る事で、このカード以外のフィールド上のカードを全て破壊する。

大波小波通常魔法
自分フィールド上に表側表示で存在する水属性モンスターを全て破壊する。その後、破壊したモンスターと同じ数まで手札から水属性モンスターを特殊召喚する事ができる。

零蘭「さらに〈海竜―ダイダロス〉を生贄に捧げることで〈海竜神―ネオダイダロス〉を特殊召喚アルヨ!!」

海竜神−ネオダイダロス海竜族☆☆☆☆☆☆☆☆
ATK 2900 / DEF 1600
このカードは通常召喚することが出来ない。自分フィールド上に存在する「海竜−ダイダロス」1体を生け贄に捧げた場合のみ特殊召喚する事ができる。自分フィールド上に存在する「海」を墓地に送る事で、このカードを除くお互いの手札とフィールド上のカードを全て墓地に送る。

 強力モンスターの出現に活気立つ会場。零蘭もその歓声に応えるように手を振る。

零蘭「フィールド魔法〈伝説の都 アトランティス〉発動!」

伝説の都 アトランティスフィールド魔法
このカードのカード名は「海」として扱う。手札とフィールド上の水属性モンスターはレベルが1つ少なくなる。フィールド上の水属性モンスターは攻撃力と守備力が200ポイントアップする。

海竜神−ネオダイダロス
攻撃力 2900 → 3100

海竜神−ネオダイダロス
守備力 1600 → 1800

海竜神−ネオダイダロス
レベル 8 → 7

零蘭「これで終わりアル!!」

 自信満々に言い放つ零蘭。だが、男はそれでも動くことすらしない。ムッとした零蘭だったが、それは勝負に勝利したあとに消えているだろうと考えて、あえて頭の片隅に追いやった。

零蘭「〈海竜神―ネオダイダロス〉の効果を発動させるアル。フィールド上にある」

 〈海竜神―ネオダイダロス〉が咆哮を上げる。海が割れていき、所々から竜巻や雷がフィールドを襲う。やがてそれは、すべてを飲み込んでいった。

 余裕の笑みを見せる零蘭。それもそうである。相手のフィールドと手札には1枚のカードもなく、自分のフィールドには攻撃力2900の〈海竜神―ネオダイダロス〉が控えている。よほど運が良くなければ、この状況は覆らない。

ラゴス「・・・・・・」

 割れた大地の中から、黒い腕が見えた。それは海だった地上へと這い上がってくる。複数はいるであろう存在たちは、次々と大地に足をつけて、その存在を人々に知らしめる。

暗黒界の武神 ゴルド悪魔族☆☆☆☆☆
ATK 2300 / DEF 1400
このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に捨てられた場合、このカードを自分フィールド上に特殊召喚する。相手のカードの効果によって捨てられた場合、さらに相手フィールド上に存在するカードを2枚まで選択して破壊する事ができる。

暗黒界の尖兵 ベージ悪魔族☆☆☆☆
ATK 1600 / DEF 1300
このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に捨てられた場合、このカードを自分フィールド上に特殊召喚する。

暗黒界の尖兵 ベージ悪魔族☆☆☆☆
ATK 1600 / DEF 1300
このカードが他のカードの効果によって手札から墓地に捨てられた場合、このカードを自分フィールド上に特殊召喚する。

 零蘭の〈海竜神―ネオダイダロス〉が苦痛の咆哮を上げながら、地の底へと堕ちていく。まったく状況が把握できない零蘭は、ただ叫ぶだけで精一杯だった。

零蘭「なっ・・・なにが起こたアルか!? どうして〈海竜神―ネオダイダロス〉が破壊されたアル!?」

 混乱する零蘭。

 ラゴスは唯一まだ墓地に送っていなかった1枚のカードを零蘭に見せた。

 そのカードは・・・

暗黒界の瘴気通常罠
このカードが相手の効果で手札から墓地に送られる場合、このカードを手札から発動することができる。手札にある「暗黒界」と名のついたモンスターを相手の効果で手札から墓地に捨てられたこととして扱うことができる。

 曇天返しの展開に歓喜する会場。

 興奮したジャッジ山田が、

ジャッジ山田「おおっと、これはすごい展開だぞ! 暗黒界シリーズのモンスターたちは相手の効果で手札から墓地に送られると、フィールドに特殊召喚され、さらに特殊効果で相手のカードを破壊するなどの効果を兼ね備えた優秀なモンスターたちです! 零蘭選手、強力コンボが仇となってしまったか!!」

 表にされたカードの効果を確認してようやく事態を理解した零蘭だが、知ったこと自体に意味はなかった。今、フィールド上にはモンスターはなく、手札すらない。せめて、できることはターン終了を宣言することくらいである。

零蘭(サレンダーなんてしたら、二度と葉沙とデュエルできなくなてしまうアル・・・でも、負けを待つだけのデュエルなんて)

 額に汗を滲ませながら、歯を食いしばる零蘭。

零蘭「ターン終了アル」

2ターン目

 相変わらず無言のままで、カードを引くローブの男。何を考えて行動しているか、まるで理解できないが、圧倒的不利なこの状況を覆すだけのカードが、今の零蘭には存在しない。

 ただやられるだけの虚しい人形。

 グッと身構える零蘭に、ローブの男のモンスター達が襲いかかる。

零蘭 LP 4000 → 0

デュエル終了!!
勝者――ラゴス!!

 よほどのショックだったらしく、地面に両膝をついてうなだれる零蘭。

 無言のまま立ち去るローブの男。

 青のフィールドは数滴の涙をカモフラージュしてしまい、悲しみに染まる少女の存在を、誰一人気づく者はなかった。


○デュエルフィールド(緑)○


 主人をかばうように翼を広げているエアトスと、杖を構えてそれに立ちはだかろうとする〈ブラック・マジシャン〉。

 〈ブラック・マジシャン〉を従えているのは銀髪の少年だった。鷹のような鋭い青色の瞳と、黒を基調とした服装はまるで復讐者を連想させる。

 それに彼の雰囲気は、どことなくシルビアに似ていた。

マリアLP 1000手札:2
女神の聖剣−エアトス(ガーディアン・エアトス)
ガーディアン・エアトス〈攻撃表示〉
ブラック・マジシャン〈攻撃表示〉
1枚
クリアLP 800手札:3

ブラック・マジシャン魔法使い族☆☆☆☆☆☆☆
ATK 2500 / DEF 2300
テキストなし

ガーディアン・エアトス天使族☆☆☆☆☆☆☆☆
ATK 2500 / DEF 2000
「女神の聖剣−エアトス」が自分のフィールド上に存在する時のみ、このカードは召喚・反転召喚・特殊召喚する事ができる。また、自分の墓地にモンスターカードが存在しない場合、手札からこのカードを生贄なしで召喚する事ができる。このカードに装備された「女神の聖剣-エアトス」を墓地に送る事で、相手の墓地のカードを上からモンスター以外のカードが出るまでカードを除外する。このターンのエンドフェイズまで除外したモンスターカードの攻撃力の合計分数値分このカードの攻撃力がアップする。

女神の聖剣−エアトス装備魔法
装備モンスターの攻撃力は300ポイントアップする。

 デュエルモンスターズ、人気モンスターの対決に観客にも熱が入る。

マリア「エアトスの攻撃・・・フォビデン・ゴスペル!!」

 地面を抉りながら、エアトスの放った光弾が〈ブラック・マジシャン〉に襲い掛かる。クリアは待ってましたと言わんばかりにリバースカードに手を伸ばす。

クリア「〈魔法の筒〉のエフェクト発動! エアトスの攻撃をプレイヤーーに跳ね返すよ!!」

魔法の筒通常罠
相手モンスター1体の攻撃を無効化し、相手のライフポイントにそのモンスターの攻撃力分ダメージを与える。

 巨大な筒が二つ現れて、エアトスの光弾を飲み込む。もう一つの筒から飲み込まれた光弾がマリアめがけて飛んでいく。

 マリアもこれを予想していたらしく、動揺を見せない。

マリア「手札から・・・〈防御輪〉を・・・発動・・・罠による・・・ダメージを・・・0にします」

防御輪速攻魔法
罠カードの効果によるダメージを0にする。

 マリアの目の前に緑色の盾が現れる。盾が回転を始め、跳ね返ってきた光弾を弾く。

ジャッジ山田「おおっと! クリア選手、マリア選手の攻撃をいなした。だが、マリア選手もこの行動を予測していたかのような対応! これではお互い迂闊な攻撃ができないぞ!!」

 緊迫する二人の空気。

 ピリピリする空間は容赦なく気力を奪っていく。

マリア「カードを・・・セット・・・ターン・・・終了」

8ターン目

クリア「僕のターン、ドロー」

 突然、エアトスが剣を構えなおした。その行動を見てマリアの表情が険しくなる。

 マリアと一心同体と言っても過言ではないエアトスがマリアを守ろうと、相手に敵意を露わにしたのだ。なにか嫌な予感がしたのだろう。

 クリアは、マリアの表情の変化に気づいて、思わず笑みを浮かべた。

 そう、クリアが引いたカード。それがこの勝負に決着をつけると同時に、クリアに従える切り札モンスター。

クリア「へぇ〜意外に勘がいいんだね。でもそれだけじゃ僕を止めることなんができゃしないよ・・・僕は〈ブラック・マジシャン〉を生け贄に捧げ、〈黒魔導の執行官〉を特殊召喚だ!!」

黒魔導の執行官魔法使い族☆☆☆☆☆☆☆☆
ATK 2500 / DEF 2100
このカードは通常召喚できない。自分フィールド上に存在するブラック・マジシャン1体を生け贄に捧げた場合のみ特殊召喚する事ができる。このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、お互いのプレイヤーが通常魔法カードが発動する度に、相手ライフに1000ポイントダメージを与える。

 装飾の施された濃い紫のローブ、細長い帽子、自分身長と同等くらいの杖。その姿は闇と戦う執行人を連想させる。

クリア「〈黒魔導の執行官〉は犯罪を犯した者たちに裁きを与える執行官。窃盗、強姦、殺人・・・どんな些細な罪も見逃さない正義の存在。僕の心に安心を与えてくれる・・・ヒーロー」

 思いっきり胸を張りながら、マリアを見るクリア。

 〈黒魔導の執行官〉はゆっくりとエアトスに杖を向けた。

マリア「確かに・・・強力なモンスター・・・だけど・・・それだけじゃ・・・私と・・・エアトスは・・・倒せない」

クリア「いや、これで終わりだよ。手札から魔法カード発動。〈地砕き〉」

地砕き通常魔法
相手フィールド上の守備力が一番高い表側表示モンスター1体を破壊する。

クリア「この魔法エフェクトで、エアトスを破壊するよ」

 巨大な岩の腕がエアトスを襲う。

マリア「それは・・・させない・・・リバースカード・・・オープン!」

ガーディアン・ディフェンダー通常罠
ガーディアンが存在するとき発動。モンスター1体の破壊を無効にする。その後、このカードは装備カードになり、装備モンスターの攻撃力・守備力は200ポイントアップする。

 エアトスの眼前に、白い盾が現れた。盾は光の壁を生み出し、その巨大な腕を弾き返す。

マリア「〈ガーディアン・シールド〉の効果で・・・エアトスは・・・破壊・・・されない」

ガーディアン・エアトス
攻撃力 2800 → 3000

ガーディアン・エアトス
守備力 2000 → 2200

マリア「さらに・・・エアトスの・・・攻撃力と・・・守備力が・・・200ポイント・・・アップする」

 驚く会場の中、クリアはただ笑っていた。自信に満ちた笑い声。

 まるで自分に脅威を与えてくる存在すら、どうでもいいと言いたげに。

クリア「惜しかったね。セットされたカードがカウンター罠だったら助かったかもしれないのに」

マリア「どういう・・・意味・・・?」

 眉間にしわを寄せるマリア。

クリア「デュエルはフィールドにモンスターが存在させれば勝てるわけじゃないってこと。〈黒魔導の執行官〉のエフェクト発動! 魔法カードの発動が成立した場合、相手プレイヤーに1000ポイントのダメージを与える!!」

 〈黒魔導の執行官〉の杖から放たれた紫の稲妻がマリアを襲う。

マリア LP 1000 → 0

デュエル終了!!
勝者――クリア!!

 マリアのライフポイントが0となり、フィールドに存在していたエアトスが消えていく。

クリア「君は強いデュエリストだったよ・・・対戦できてよかった」

 クリアはマリアに手を差し伸べた。

 マリアは頷きながら、その手を握る。

 二人の握手に観客の拍手が送られた。

 満面の笑みを浮かべているクリアが会場の上のほうを見たとき、その表情は一変した。一瞬だったので、遠くの人間は気づかなかっただろうが、マリアだけはそれに気づき、顔を曇らせた


○デュエルフィールド(赤)○


 奇跡的にすべてのデュエリストを倒した葉沙。今はほかのフィールドの決勝出場者が決定するのを待っている状態だ。

 葉沙の隣では、不安でしょうがないとばかりにスィンが空中を飛び回っている。

葉沙「スィン。あんた、少し落ちつきなさいよ。私の勝利は揺るがないんだから、その内、あのジャッジが行動起こすわ」

スィン(だって、あっちの方から嫌な感じがしたんです。なんかどす黒い感じなのががうねうねぇ〜って)

 全身を使ってうねうねを表現してみせるスィンだったが、葉沙は首を傾げるだけ。

 正直に言ってしまえば、葉沙はそのどす黒い感情とスィンが呼ぶものなど、どうでもよかった。仕切りの役目を果たしている巨大な白い壁のせいで、隣のフィールドを確認することができないが、その向こうには決勝に進むべく勝ち残った零蘭、マリア、そして大和が待っているはずなのだから。

ジャッジ山田「今まさに、すべてのフィールドで本戦の舞台に立つことを許されたデュエリストが決定した! デュエリストの諸君、本勝で戦うことになるデュエリストをその瞳に焼きつけろ!!」

 白い壁がゆっくりと地面に吸い込まれていく。同時にカラフルに彩られたスモークが会場を包み込む。葉沙はゲートが無くなる瞬間を気楽に待った。

 どうせ、戦う相手は決まっているのだから、気負う必要などない。

葉沙(な〜にが、その瞳に焼きつけろ・・・よ! 残念だけど、こっちは毎日のように顔合わせてるんだから、焼きつけられまくりだっての)

 ジャッジ山田を小バカにする葉沙。

 ゲートが完全になくなり、スモークも薄くなっていく。そして完全に視界が開けたとき、葉沙は絶句した。

 そこに立っていたのは・・・

ジャッジ山田「まずは皆さんもご承知! 前回の決勝戦で謎の不戦敗により準優勝に甘んじた『反逆の大和』こと、天堂大和選手です!!」

 白のフィールドに仁王立ちしている大和。観客も当たり前のように歓声を上げる。

ジャッジ山田「続きまして、今大会のデモンストレーションマッチで見事勝利を収め、唯一、女性デュエリストで決勝戦出場の切符を手にした『ミラクルガール』琴木葉沙選手!!」

 自分の自己紹介をされても反応すら示さない葉沙。いつもならば、さっきのミラクルガールと呼ばれた瞬間に癇癪を起こしそうだが、今はそんなことすら気になっていない。

 葉沙の視線の先にあるもの・・・それは、

ジャッジ山田「ローブに全身を包み込み、他の介入を許さない。神秘のヴェールをその身に纏った大男。ラゴス選手!!」

 葉沙は下唇を噛んで、ラゴスを睨みつけた。

葉沙「なんだって、あんなヤツが! 大体、零蘭はなにしてんのよ! あんだけ強気でいたくせに」

 勝負の世界とはそういうものだと知っていながら、それでも納得できない。

 葉沙の不満はどんどん膨れ上がっていく。

ジャッジ山田「最後にご紹介するのは美しき銀髪の少年。マジシャンデッキを使わせれば右に出る者なし。多彩な戦略とカードを使いこなすデュエリスト、クリア選手!!」

 クリアは満面の笑みを浮かべ、両腕を振りながら会場に手を振った。

ジャッジ山田「それでは見事決勝戦にコマを進めたデュエリストにインタビューしてみたいと思います。まずはラゴス選手から」

 ジャッジ山田がラゴスに近づいて、マイクを向ける。

ジャッジ山田「今回の予選はどうしでしたか?」

 ありふれた質問だが、ラゴスは口を開こうとしない。

 ただ首を横に振るだけ。

ジャッジ山田「どうやら余裕だったと言いたいようですね」

 遠慮がちに解説するジャッジ山田。

 しかしその一言とラゴスの態度が、葉沙の感情をさらに逆撫でする結果になる。もちろん誰もそんなことを知るはずもない。

 完全に頭に血が上った葉沙はジャッジ山田に指でこっちに来いと指示した。それに気づいたジャッジ山田は、首を傾げながら葉沙に近づいていく。

 目の前まで来た所で、葉沙はジャッジ山田のマイクを奪い取ると、ラゴスに向かって思いっきり叫んだ。

葉沙「おい! そこの無口野郎! あんた調子に乗りすぎよ!! 決勝戦でこの琴木葉沙様がボッコボコのギッタギタにしてやるから覚悟しときなさい!!」

 突然のマイクパフォーマンスに盛り上がる会場。

 当初の予測は大きく裏切られ、決勝戦出場を決めた四人のデュエリストたちは、敵となるお互いの存在を確認しあった。



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